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| 岡田 健蔵 (おかだ けんぞう) 1883年〜1944年 |
| 社会教育の重要部門である図書館事業に生涯をかけた岡田健蔵。世界的にも有名な市立函館図書館は初代館長岡田健蔵の独力でつくられた私立図書館から始まった。 |
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工匠(大工の棟梁)岡田丹蔵の長男として、函館区明治29年4月、私立幸小学校から公立弥生小学校高等科第3学年に転校、同30年、高等科第3学年を修了すると同時に退学、丁稚見習のため弁天町の雑貨商、山崎作蔵商店に奉公した。明治36年、この店を退職し、 明治39年に「函館毎日新聞緑叢(りょくそう)会」が結成された。その年の9月24日、同会の大会が谷地頭で開催され、この機会に図書館の必要性を説き、その設立を提案したところ、満場一致で可決され第1歩が踏み出された。翌年の6月、自身の私蔵する図書、雑誌、新聞と函館毎日新聞社に寄贈された図書や雑誌などを基礎として 明治42年、評議員20名を選任し、館長に泉孝三、副館長に工藤忠平、主事に岡田健蔵を配して私立「函館図書館」が誕生した。大火後1年半に及ぶ献身的な努力と情熱によって本格的な公共図書館の設立に成功、現在の市立図書館の基礎がここにできた。 大正2年相馬哲平氏から書庫建築費を、小熊幸一郎氏から図書館建築費の寄附があり、大正5年に書庫が完成した。この書庫が北海道最初の鉄筋コンクリ−ト建築物である。しかし図書館の経営は、困難を極め給料を払って館員を雇うこともできず結局、一家を挙げて図書館の経営にあたることになった。 大正11年の秋、図書館事業促進の目的で市会議員に立候補し、見事に当選、2期勤めたが辞任し、市立函館図書館長に就任した。 昭和14年、公立図書館長に任ぜられ、高等官七等待遇となり、同年従七位に叙せられた。今日、市立函館図書館が質量ともに北方郷土資料の宝庫として世に知られているのは岡田健蔵の明智と犠牲の賜である。 |
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| 本文/「ステップアップ」vol.45(1992.12)より (写真/函館市中央図書館、資料/「岡田健蔵と函館図書館」田畑幸三郎著、「函館人物誌」近江幸雄著) |
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