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ヤコフ・ドミートリエヴィチ・チハイ  1840年~1887年

日本の洋楽普及に大いに貢献した、詠隊(正教会の礼拝・典礼において果たされる定められた役割、および定められた役割を担う人々のこと)の指揮者・ヤコフ・ドミートリエヴィチ・チハイ。

天保11年(月日は不明)、父・デミトリー・フェルドルウイチ、母エリザウェタ・キモウナの次男としてウクライナ共和国の最南チェルノヴィック州キシニョフに生まれる。兄に北海道に於けるキリスト教の普及に努めたアナトリイ神父がいる。
明治7年6月7日、モスクワの音楽学校の教師をしていたところ、兄のアナトリイ神父に見込まれ、聖歌隊養成のため、函館に着任する。教会合唱団の指揮者兼日本正教伝道団の聖歌教師となり聖歌を教える。後年、ヤコフのあとに、デミトリイ・リオフスキーという聖歌教師も来朝する。これらの人々が、日本音楽史上はじめての四部合唱の聖歌隊を編成し、すばらしい聖歌を歌った。これは日本洋楽史上見のがすことのできないことであった。
明治8年10月29日に横浜の町会所(町役場)で行われたロシア人のオペラ歌手レオノーワの音楽会に助演者としてチェロの独奏を披露。記録に残るヤコフの日本での最初の演奏とされている。
明治24年、駿河台に復活大聖堂が建つと、神学校生徒による聖歌隊は、聖堂の左側にヤコフのレーゲント(正教会では、指揮者のことをこう呼び、聖職のひとつに数えている)、右側にリオフスキーのレーゲントの2つのグループに分かれて立ち、交互に合唱した。上野の東京音楽学校の声楽科の生徒は、毎日曜の祈祷にかかさずこの聖歌隊を聞きに来るほどであった。ヤコフやリオフスキーは自ら日本正教会のために作曲を行い、今日でもそのいくつかは各地の教会でうたわれている。
明治5年には、伝教学校のほかに「詠隊学校」も建てられ、聖歌隊の養成と聖歌教師による正教伝道も試み、その中には各地方教会に行ってりっぱな聖歌隊指揮者となったものもでるようになり、地方の音楽(洋楽)普及に非常な貢献をした。明治の文化史上、特に洋楽発達上、正教会の聖歌隊が果たした役割は大きい。その後、ヤコフはレーゲントとして聖歌隊を育成したり、日本人向けの聖歌を新たに作曲するなどして教会に仕えるかたわら、個人的なレッスンや公使館付きの通訳などによって生計を立てていたらしいが、胸の病をこじらせ、明治19年10月、療養を兼ねて帰国する。日本には13年間滞在した。
明治20年12月、帰国後すぐに危篤状態に陥り、オデッサにて死去。享年47歳であった。

本文/「ステップアップ」vol.273(2011.12)より
(写真/函館市中央図書館、取材協力/函館ハリストス正教会、函館市中央図書館
資料/ 「ニコライ堂の人びと・日本近代史のなかのロシア正教会」長縄光男著、「ニコライ堂遺聞」長縄光男著、「日本正教史」牛丸康夫著、「キリスト教と日本の洋楽」中村理平著、「正教時報・回顧断片(1)」三井道郎遺稿)


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