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村尾 元長 (むらお もとなが)(1854~1908)

江戸藩邸に生まれ、開拓使出仕になり函館で勤務、北海道関係著作の出版に従事し、北海道の紹介や移民誘致に尽力した北海道郷土史の先覚者・村尾元長

安政元年11月、遠江国浜松藩(現・静岡県浜松市)藩士で国学者の父・村尾元矩の長男として江戸に生まれる。初めは恭太郎と称し、のちに元長と改め、水哉(すいさい)と号す。
明治5年、元長19歳の時、開拓使十四等出仕となり、開拓使函館支庁へ勤務する。
明治11年8月から10月にかけて、ウラジオストクにおける北海道物産の販路調査のため、開拓長官・黒田清隆等に随行する。この時の紀行文、実施調査資料、ロシア側による評価を詳細に記録したものが「浦塩紀行」として報告された。
明治18年10月22日、小書記官・寺田良輔に随行し、汽船「陸奥号」に乗船して函館港を出港。根室周辺を巡回後、11月2日、北海道物産共進会開場式に出席、その後再び根室市内の県庁、戸長役場、花咲学校、病院、競馬場、活版場、女紅場などを見学。汽船「敦賀丸」に乗船し、函館港に帰着する。この根室視察は、「根室紀行」として報告され、その中に、「北海道物産共進会概況」「根室見聞録」を残している。
明治を迎えて間もなく、全国に新聞縦覧所が、続々と設置されていく。北海道では、函館においてその設置が話題となり、明治6年4月、函館支庁において新聞紙縦覧所設置議案が提出される。この議案提出に深く関わったのが元長であった。同年6月、町会所管理の新聞紙縦賢所が開設されるが、8年8月、函館最初の書店「魁文社」が開店し、合併して新しい新聞紙縦覧所を併置する。
明治13年4月、官史や教員等で書籍供覧会が組織され、会の名称を「思斉会」とする。元長はその中心的人物だったようだ。翌年11月、函館教育会が設立し、元長は会長に就任。その後は副会長を歴任する。
明治19年1月、三県が廃止され、3月に北海道庁が開庁。翌年4月、北海道庁に転勤となる。思斉会の中心的な存在であった元長の転出により、会を維持してゆくことが困難な状態となり、会は解散となる。
明治21年6月、思斉会旧蔵書、弥生小学校、同校宝分校の蔵書を合わせて函館書籍館が開館し、北海道最初の公立図書館が誕生した。
来函以来、15年間にわたってまとめられた記録類や自らの著書の多くは、中央図書館に、他に道立文書館、北大附属図書館に所蔵されている。
明治24年3月、38歳の時、北海道庁を退職し、翌年東京に転居する。27年、東京で「北海道雑誌社」を設立し、雑誌「北海道」を創刊。
明治41年6月25日、55歳という若さで死去。30年8月に出版された「北海道漁業志要」が最後の出版物となり、研究上今なお欠かせぬ代表作となった。

本文/「ステップアップ」vol.313(2015.4)より~NO.292
(参考資料/ 「北の文庫」北の文庫の会発行、 「北海道歴史人物事典」北海道新聞社編、 「北海道史人名辞典」第四巻、 「歴史-どうなん人物散歩」近江幸雄著
取材協力/ 函館市中央図書館、市立函館博物館)


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