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光岡龍三郎(みつおか りゅうさぶろう) 1901年~1961年

日本映画の揺籃期、主役から端役まで体当たりの演技で猛優と言われた光岡龍三郎。

明治34年3月15日、現在の十字街交番あたりで「丸高」という仕立屋を営んでいた中澤喜三郎とマツが移住した大野村(現・北斗市大野地区)で二人の四男として生まれ、本名を中澤喜一といった。
温厚な老け役として戦後も活躍した映画俳優の草分けの一人、葛木香一は実兄。兄の活躍に刺激され16歳で初舞台を踏み、大正13年、東亜、マキノ等持院撮影所に入社する。
阪妻の「影法師」でならず者、宮島健一の「狂刃」で山賊、雲井竜之介の「勤王」で芹沢鴨を演じるが、高木新平の「帰って来た英雄」のワーナー・オーランドばりの中国人役で注目される。
大正15年、村越章二郎監督の「黎明の大江戸」で頭角を現し、人気小説「鳴門秘帖」「王政復活」「阪東峡客伝」でついに主役を演じ、東亜キネマの客層にピッタリの剣劇スターとなり、「幡随院長兵衛」「大岡政談越後伝吉」「由比根元大殺記」などを残して、日活入りした。体当たりの演技で猛優と言われた。
昭和5年、日活太秦撮影所にて五社競作の吉川英治作「貝殻一平」、長谷川伸の「紅蝙蝠」で主演。最後の主演映画は、昭和7年の現代劇「こころの燈火」で、入江たか子が相手役を演じた。
戦後、阪妻主演、沢村アキヒコ(後の長門裕之)が子役で出演した大映「狐の呉れた赤ん妨」で馬方役として好演した。
昭和11年からは、マキノ・トーキー製作所に所属し、同社崩壊後は、新興キネマに移籍。17年、第二次世界大戦の戦時合併以降は、そのまま大映京都撮影所に戦後まで在籍した。
兄弟共に主役から端役、老け役までこなし、長い俳優生活を送り映画人生を貫いた。芝居に憧れ役者を目指すが、父親に反対されて夜逃げ同然で家を出て、旅芸人の一座に入って修行を積んだ。
龍三郎は大正13年にデビューし、大映「赤銅鈴之助」の岳林妨といえば往年のファンは知る人が多く、昭和36年8月4日胃がんのために死去するまで主役から端役まで268本の映画に出演した。享年60歳。この年に兄弟で出演した大映「花くらべ狸道中」が遺作となった。

「酒中浪人」左から桜井京子、光岡龍三郎、山田五十鈴

本文/「ステップアップ」vol.276(2012.3)より
(写真・取材協力/木下寿実夫(大野文化財保護研究会会長)、近江幸雄(北海道史研究協議会会員)、資料/「映画俳優事典」盛内政志著、「日本映画興亡史Ⅱ日活時代劇」石割平編著、「日本映画の歴史」岩本憲児編著)


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