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深井 克美 (ふかい かつみ) 1948年~1978年

身体にハンディ・キャップを背負い、常に生と死の狭間で葛藤し続け、見るもの全てに圧倒的存在感を与えた悲劇の画家、深井克美。

昭和23年3月9日、千代台町に父・赤崎宗一郎、母・千枝子の長男として生まれる。
昭和26年、10月に妹・由利が生まれるが、翌11月には父が結核で死亡。母は由利を養子に出し、12月頃、克美を連れて上京する。29年、母は克美とともに旧姓の深井に復する。
昭和37年、14歳の時、結核に感染し、当時としては難病である脊椎カリエスを患う。この頃より、美術に関心を持ち始める。
昭和43年、都立杉並工業高等工業化学科を卒業。同校実習助手として勤務する。同年、第32回自由美術展に出品された西八郎の〈食事のあと〉に感銘を受け、同氏に師事する。
昭和44年、鷹美術研究所に通う。翌年9月から、西八郎の勤めに従い、武蔵野美術学園絵画教室夜間部に入学する。
昭和47年10月、第36回自由美術展に〈作品1〉〈作品2〉が初入選し、佳作作家にも選ばれる。以後、53年の第42回まで毎年出品を重ねる。
昭和48年、第37回自由美術展に〈バラード)〈黄昏)が入選し、会員に推挙される。
昭和52年、工業高校を退職し、アトリエや所沢カトリック教会などで絵画教室を開き、画業に専念する。
克美の描く世界は、暗く重々しいタッチで、顔が分裂して醜く歪み、内蔵がはみ出し、肉体が崩壊し、石と化していく。まるで「生きることは苦しみである」という叫びが聞こえてくるほどの痛々しいものだった。
昭和53年3月、銀座「シロタ画廊」で初めての個展を開催する。それまでの自虐的な画風はすっかり消え、優しさに溢れた作品群だった。12月16日昼下がり、通りかかったマンションの8階から飛び降り、自らの命を断った。享年30歳。初の個展で成功をおさめ、本格的な画家の道を歩き始めた矢先の出来事だった。
個展の開催から数ヶ月後、「ランナー」という作品に取りかかっていたが、未完のままになってしまった。
昭和58年4月、道立近代美術館で回顧展「未完のランナー深井克美展」が開かれた。函館出身の画家、深井克美の名とその作品が北海道で紹介されたのはこれが初めてのことだった。画業10年足らずという短い人生ながら、絵画に命を捧げた男のすさまじい生き様を目の当たりにした人々は一様にショックを隠せなかった。
平成4年1月、生地・函館の道立函館美術館で「深井克美-幻想の世界」展が開催された。函館を離れてから実に41年の月日が流れていた。

本文/「ステップアップ」vol.266(2011.5)より
(写真・取材協力/北海道立函館美術館、資料/「深井克美-未完のランナー」柴勤著、「第7集ほっかいどう百年物語」STVラジオ編集)


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