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高井義喜久 (たかい よしきく) 1873年~1944年

北洋漁業を舞台にロシア語通訳として活躍し、19世紀ロシア画壇を代表する巨匠の絵画を函館に持ち帰った高井義喜久。

明治6年5月11日、元松代藩士高井栄司の長男として長野県松代町に生まれる。明治の初期、ニコライ神父が松代を巡教した時に高井一家は洗礼を受けたという。義喜久は地元の小学校を卒業後、直ちに上京。19年、神田の正教神学校(日本ハリストス正教会附属男子神学校)に入学、26年卒業する。
ギリシャ正教会の伝道事業に従事していたが、明治30年、露領サハリン島(樺太)のコルサコフに渡り、同地の漁業組合の職員(ロシア語通訳)となる。7年間在勤し、その間事務所長に任命されるが、37年、日露戦争の勃発により帰国。
明治40年、ポーツマス講和条約締結の結果、日本人漁業者に、カムチャツカ及び沿海州における漁業権が付与され、同時に露領サハリン島の東海岸のロモー漁場の4ヵ所を競争入札で落札、租借して、3年間、鮭鱒漁業に従事する。同年、農商務省の許可をうけて、露領水産組合が創立され、副組合長となり、経営にあたるとともに、対露交渉事務を担当する。
42年、露領水産組合代表として、ロシアの首都ペトログラードで行われた、漁業規則の改正交渉にあたる。
大正5年、大阪に日露貿易の仲介業を開業。ロシア革命後の日露貿易が途絶えることによって廃業するまで、経営に従事する。
昭和4年、函館の日魯漁業株式会社に入社する。以来、毎漁期、本部船に乗船して、カムチャツカに出張し、対外折衝に当たる。
昭和6年8月から翌年5月まで、露領水産組合の代表田中丸祐厚(たなかまるゆうこう)とともに、日ソ漁業交渉のため、モスクワに滞在する。帰函に当たり、19世紀のロシア画壇の巨匠ヴァシリー・イヴァノヴィッチ・スーリコフの油彩画「女子修道院を訪れる皇女」をモスクワの国営美術品販売館で発見し、数千ルーブルを投じて購入し、日本へ持ち帰る。その後、この絵は日魯に寄託されて東京本社の社長室に飾られ、後に高井家のもとに返却され、昭和41年から市立函館博物館に寄託される。
平成10年、ロシアの展覧会に出品されることになり、博物館の寄託をといて65年ぶりの里帰りをし、ロシアでのお披露目を終えて日本に戻ったこの絵は北海道立函館美術館が終の棲家となる。
この貴重な名画を函館にもたらした高井義喜久は、昭和19年7月19日、函館の自宅で息を引き取った。享年71歳であった。

本文/「ステップアップ」vol.250(2010.1)より
(写真/「樺太と漁業」樺太定置漁業水産組合編、取材協力/函館市中央図書館、資料/「函館・ロシア その交流の軌跡」清水恵著、「函館市史 通説編第3巻」函館市史編さん室編集、「函館のルーツを探る肖像画集」社団法人函館文化会刊行)


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