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張尊三 (ちょうそんさん) 1845年~1918年

函館の華僑をまとめ、函館中華会館を建設した中国の貿易商、張尊三。

道光25年(弘化2年)9月、張富仁の次男として清国(中国)浙江省寧波(せっこうしょう・ニンポー)に生まれる。16歳の時、寧波の外国貿易茶舗で商業に従事する。その後、本国の税関の職員となり日本の事情に通じるところとなる。
明治3年7月、函館に来航し、在函の清国商社万順号の帳場として勤務し支配人を補佐する。万順号に数年いて神戸の栄新号に移り、さらに函館に戻り尊新号に入り、7年一時帰国するが、再び来函し公泰号に入り、12年独立し、商店を開く。
明治15年、得記号から離れ裕記号を作り、18年には、徳新弓のメンバーとして名を連ねている。徳新号とは、上海本店の海産商であり、張尊三はそこの函館支店長であった。また、同徳堂三江公所の理事に選出され、以降大正5年まで函館華僑をまとめる役割を果たす。
張尊三は、対中国輸出品の品質管理を強化し、海産物の荷造りの改良を提言するなど、日中貿易の発展に大いに頁献した。さらにフカヒレの価値を生産者に説明し、製造の指導に取り組んで商品化に成功。生産者の生活向上にも努めた。
日中貿易の振興に努めてきた張尊三だが、海産物の輸出をめぐる日本の商人とのトラブルにも悩まされる。
商習慣の違いなどから起きたカンカン料(※カンカン料とは函館の商人が昆布等の取引に際して手数料的なものとして支払っていたもの。)問題や、海産商の同業組合加入問題など多くのトラブルを、函館華僑は張尊三を中心とした団結で乗り越えてきた。しかし、明治26年、昆布取引をめぐって日本昆布会社と裁判となり、「日清通商事程」第15款の解釈が争点となり、外国人居留地を越えて代理人を海産物の生産地であった根室地方の勇留(ゆり)島に派遣し、取引を行ったことは条約違反と認定された。
海産物貿易に於ける張尊三の活躍は清国政府から高く評価され、数多くの名誉職を贈られた。日本政府も海産物の生産および輸出拡大の功績を高く評価し、大正5年には大隈重信内閣から「藍綬褒章」が授与された。さらに、北海道開拓に頁献したことから、7年には北海道庁長官から記念の銀杯が贈呈された。
明治43年、フカヒレの中国輸出で財をなした張尊三は集会場として中華会館を建設する。函館中華会館は、純中国様式の建築として日本に現存する唯一の建物で、約3年の工期と巨費を投じて明治43年12月に竣工したもので、釘を一本も用いていない。
その後、長男の張定卿に事業一切を譲り、大正5年に帰国。大正7年、逝去。享年74歳であった。

本文/「ステップアップ」vol.277(2012.4)より
(写真/社団法人函館中華会館、資料/「函館市史」通説編1・2・3・4、「はこだてと外国人居留地・中国編」、取材協力/社団法人函館中華会館、小川正樹(函館ラ・サール高教諭)、はこだて外国人居留地研究会、函館市中央図書館)


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