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函館市文化・スポーツ振興財団 Foundation for Culture and Sport Promotion in Hakodate

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スール・マリ・オグスト(18??年~1904年)

スール・マリ・オネジム(1845年~1938年

スール・カロリヌ(1851年~1945年)

函館白百合学園高校」の創立者であり、函館の社会事業と教育のために献身した3人の修道女。

スール・マリ・オグスト スール・マリ・オネジム スール・マリ・カロリヌ

明治9年(1876年)、ローマカトリック北日本代牧区の教区長となったオズーフ司教は函館を聖パウロ修道会の宣教事業の地として選び、3人の修道女を招いた。
スール・マリ・オグストとスール・カロリヌがフランスを出発し、途中サイゴンからスール・マリ・オネジムが合流し、明治11年5月28日朝、函館の土をふんだ。3人は直ちに授産所、施療院、孤児院の開設にとりかかった。まず、すぐ出来ることは授産所であった。ここではおもにカロリヌが技芸を教えた。そして次に施療院を開設。ベトナムで同じ仕事をして経験のあるオネジムが施療を担当した。貧しくて町医に行けない人々にとって西洋医学の珍しさ、新鮮さは驚異であった(何よりも無料であることがありがたがられた)。とりわけオネジムが考案調合した膏薬は好評で次第に有名になり、「ビルジン様の膏薬」とか「ガンガン寺の膏薬」とか呼ばれた。
3人に遅れて赴任して来たスール・マリ・エリーズがおもに孤児院の仕事にあたった。そして孤児院の名称は育児院と呼びかえられた。修道女たちは伝道のかたわら裁縫、編物、手芸などを教授した。町の人々はこの私塾を「仏蘭西館」、その後「仏蘭西女学校」と呼ばれ、明治19年1月1日、聖保禄女学校(現・函館白百合学園高校)が開校された。初代校長になったのが、オグストであった。
明治24年、オグストは初代日本管区長となった。そして明治31年、本部が東京に移転され、これにともないオグストも東京に転じた。その後オグストは老齢と過度の疲労のため病床に伏し、明治34年にフランスに帰国する。彼女自身は、自ら開拓し、会の礎を築いた日本の土になることを望んでいたが、その願いは報いられず、明治37年フランスで逝去した。
そして昭和13年4月30日、一貫して函館を離れることなく、函館の社会事業と教育のために献身し続けてきた第3代校長オネジムが93歳で逝去。昭和20年4月20日、白百合高校の創立者3人の最後の1人カロリヌが八代において在日67年の生涯を閉じた。

本文/「ステップアップ」vol.64(1994.7)より
(写真・資料/「函館自百合学園・百周年記念誌」)


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