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佐々木平次郎 (ささき へいじろう) 1873年~1935年

漁業家、企業家として函館に移住し、北洋漁業とそれに関する日ソ交渉の政府代表として広く活躍した佐々木平次郎。

明治6年4月22日、父北能(きたの)喜吉、母ウメ子の次男として秋田県由利郡金浦町(現・秋田県にかほ市)で生まれる。14歳で本庄町(現・由利本荘市)の旅館兼瀬戸物を商う小松屋に丁稚奉公に出る。
17歳の時、同郡象潟町(現・秋田県にかほ市)の豪商佐々木直次郎に見込まれて佐々木家の養子に迎えられる。しかし、不幸にも直次郎は脳溢血のため急逝。直次郎の甥の小治郎が家政大整理の任に当たり、呉服部を担当していた平次郎を漁業部に引き抜き樺太漁場に派遣する。
明治35年、敦賀丸にて函館に到着、函館で一切の準備を整えて、樺太の漁業地へ向けて出航する。
明治36年、分家独立し、サハリン島で有望な漁場を獲得して漁業経営を始める。日露戦争後にはカムチャツカ方面にも出漁し、後に米穀、海産物委託問屋、船舶業、倉庫業を営む。
大正7年、樺太に佐々木漁業汽船(後に佐々木汽船として本拠地を函館に移し、漁業部は樺太漁業株式会社となり、同じく函館を本拠地とする)、函館に佐々木商業を設立、さらに10年には、佐々木倉庫を興す。
大正10年の日露漁業、輸出食品、勘察加(カムチャツカ)漁業の3社による露領漁業の第1次合同が行われた際には、露領漁業の権利を譲渡。9年に露領水産組合評議員となり、昭和3年には同組合の副組長、のちに組長に就任して露領水産組合の中心的存在となる。
昭和7年、日露漁業への第2次合同の際には露領水産組合を代表する形で取締役に就任。さらに8年には母船式鮭鱒漁業を行う大同漁業を創設し、社長となる。2年後、太平洋漁業に合同され、役員に就任する。この間、中野炭鉱、北海道鉄道、寿都鉄道等の取締役社長となり、北日本汽船、日本毛皮留貝易、大北火災保険等の監査役などを歴任している。その他関係する処多く挙げて数えることが出来ないほどである。
明治39年、日清戦争、日露戦争の役に従軍して功績を挙げ、勲八等白色桐葉章に叙される。また、大正8年の叙勲七等授瑞宝章受章から昭和7年の叙勲三等授瑞宝章受賞まで5つの叙勲を叙されている。
函館区会議員、商工会議所常議員、同特別議員を歴任し、大正6年以来衆議院議員に当選すること6回、日露漁業問題に関しては終始国権の進展に尽くし、この交渉のために国の代表として派遣されること4回に及ぶ。
昭和10年4月21日、癌に冒されて63年の生涯を閉じた。

本文/「ステップアップ」vol.264(2011.3)より
(写真・取材協力/函館市中央図書館、資料/「佐々木平次郎伝」小野田正編集、「函館紳士鑑」、「函館市功労者小伝」「北海道人名辞書」、「函館市史」通説編3-5編、「函館人物誌」近江幸雄著)


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