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坂本 作平 (さかもと さくへい) 1875年~1944年

函館商工会議所会頭、露領水産産組合函館支部長を務めるなど公私共に函館の経済界に多大なる功績を残した坂本作平。

明治8年4月28日、石川県羽昨郡西海村の豪族坂本市郎平の三男として生れる。
明治22年5月函館に来る。同郷の人酒谷小三郎の函館支店員となり、23年、函館商業学校に入学する。27年、小川合名会社の創立者小川弥四郎の娘と結婚。以来、一身を弥四郎の事業に尽くす。28年には早くも露領ニコライスクに於て漁業に従事する。以後、北洋を舞台とする漁業で大成する。
大正3年2月、義父小川弥四郎の死去に伴い、小川合名会社の代表社員に挙げられ、長年培ってきた錬磨の手腕を充分に発揮できる機会を得る。
大正4年5月、堤商会と紅鮭供給契約を交わし、堤商会に紅鮭を缶詰原料として提供したが、さらに、同年10月、同漁場の賃貸契約を結んで漁場の経営権を堤商会に譲渡する。
大正5年、函館商工会議所議員に当選し、9年には副会頭に進み、昭和3年には会頭に挙げられる。
大正7年、函館米穀問屋組合副取締となり、9年には函館船主同盟副会長に推される。さらに、同年函館区会議員に打って出て見事当選する。13年2月、北海道監元売捌人組合長に挙げられる。翌14年函館海産商組合評議員に当選。昭和3年には同組合の組長に推挙されて、ますます巴港実業界に重きを置くようになる。
昭和3年12月、東邦水産株式会社を創立し取綿役社長に就任する。これより先、大正8年露領水産組合評議員に挙げられ、昭和4年、同組合の北海道支部長となる。この年全国藍元売捌人組合連合会副会長に就任。5年9月、函館市所得税調査委員となり、翌6年1月、青森地方職業紹介委員会委員となり、7月には日本鮭鱒缶詰業水産組合副組合長に推される。7年8月には、日魯漁業株式会社取締役の要職に就き、いっそう北洋漁業に貢献する。同年10月、函館商工会議所顧問に推戴される。8年には久しく組合長として尽力してきた函館海産同業組合の相談役に推挙され、同年母船式鮭鱒漁業組合副組長となる。10年2月、大平洋漁業株式会社監査役に就任。同年北海道拓殖調査委員に挙げられる。
作平は生涯を通じて公共団体の首長に終始し、昭和10年4月23日、觀桜御会にはこの多年の功労を酬えられ、畏くもお召の光栄に浴する。
函館商工会議所会頭、露領水産組合函館支部長を務めるなど公私共に函館の経済界に多大なる功績を残した坂本作平は昭和19年2月13日、その生涯を閉じた。
常に北洋漁業の尖端を切ってきた坂本作平こそ我が国の北洋漁業の先駆者であり、大恩人であり、開拓者である。

本文/「ステップアップ」vol.174(2003.9)より
(写真・資料/「函館名士録」、「函館市史」通説編第4巻、「函館紳士名録」、大正11年刊「市制記念・函館及函館人」)


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