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函館市文化・スポーツ振興財団 Foundation for Culture and Sport Promotion in Hakodate

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サファイロフ,ウラジミール・ミハイロヴィチ 1868年~1960年

革命という非情の波に流され、生涯故国の土を踏むことなく、函館の土となった亡命ロシア人。

サファイロフは、ロマノフ王朝期の貴族の出で、もともとタタール系のロシア人だったという。
サファイロフさんはアムール地帯最大の港と言われていたニコラエフスクに漁業権を持っていた。自分の漁場の視察にやってきたのが革命前夜の大正5年で、この地で革命の勃発を知った。
大正9年、函館に来る。湯川2丁目に家を建て、家の周囲はキイチゴ畑で、これを原料にジャムを作り、又ロシアパンも焼いて売っていた。
昭和16年頃、函館駅長・須田喜四郎の四女・正子さんと結婚する。どんな縁で結婚したかは当人以外誰も知らないという。
経済的な面で助けたのは元町のカール・レイモンさんだったという。ロシアとドイツと国は違っても共に異国で暮らす者同士、また日本人の奥さんがいる似た生活環境が2人を一層親しくさせたのかもしれない。
異国の函館で生活する様になって40年余りの歳月が流れた。募るのは故郷ロシアへの断ちがたい郷愁。この事を伝え聞いた創立間もない日ソ協会・原忠雄会長が帰国への労をとったが、故国の土を踏むことなく、昭和35年91歳で昇天した。正子さんは昭和56年、旭ヶ岡老人の家で生涯を閉じた。現在2人はハリストス正教会の墓地に並んで眠っている。

本文/「ステップアップ」vol.117(1998.12)より(3人のロシア人として掲載)
(写真・資料/「道南女性史研究」第9号)


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