函館市文化・スポーツ振興財団

伊藤 鋳之助 (いとう  いのすけ)1831年~1907年

北海道で最初に新聞をつくった男。明治の始め、近代印刷が生み出した真実と、文化・情報の新らしい伝達手段「新聞」。北海道新聞の開祖。

山形県鶴岡の出身。慶応元年(1865)箱館に渡り、仏商ファーブルに仕えた。その際、密貿易の疑いで横浜監獄に入れられたこともあった。その後商人をあきらめ、開拓使函館支庁の印刷機を借りて印刷業を始め、明治10年(1877)有志と「北溟社」を興こし翌11年「函館新聞」を発行した。これが北海道最初の新聞だった。中央のジャーナリスト岸田吟香に、庶民にわかりやすい文章を書く記者のあっせんを頼んだり、明治12年の大火で類焼したときは青森で印刷するなど、経営に苦心したようだ。明治31年(1898)新聞事業を、日刊新聞「北海」の発行人馬場民則と後に「函館毎日新聞社」の社長になる吉岡憲に譲り、印刷業に専念した。学校・病院・道路などの公共事業にもつくし、郷土史料の採訪にも努めたが明治40年(1907)の大火で大半を焼失し、その年、没した。

本文/「ステップアップ」vol.41(1992.8)より
(写真/函館市中央図書館、参考/「函館・道南大事典」)

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